この記事は2012年8月21日に書いたものです。 情報が古くなっている可能性があるのでご注意ください。
【 目次 】
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1 – 1 発声における声帯の位置づけ
一般的に, 声という「音」は ① 呼吸によって ② 声帯が振動し ③ 音が響く という3つのステップから成り立ちます.
つまり, 発声を考える際には「① 呼吸法」「② 声帯の振動」「③ 音の響き (共鳴)」の3つのカテゴリーを有機的に絡めて考えなくてはなりません. 声帯だけで作られた音だけでは声にならないのです.
声帯そのものの振動によって生まれる, 声になる前の「素」の音を「声帯原音 / あるいは咽頭原音」と呼ぶようです. この声帯原音を共鳴腔と呼ばれる場所 (下から喉頭室、梨状陥凹、咽頭共鳴腔、口腔共鳴腔、鼻腔共鳴腔の5大腔) などで響かせることによって声になるのです. さらに言葉を作るには共鳴した音を舌や唇, 歯, 鼻, 頬などを使って変化を加える必要があります (こうして出来た音を調音あるいは構音といいます)(1).
声帯というのは見えないし, 実感しにくいものだと思います. その上, 声帯原音は「共鳴」で増幅され, 色付けされるので, 声になってしまえば分かりにくい. こういった背景もあり, 発声の知識・実践が「呼吸法」と「共鳴」に偏りがちなのではないかと思います.
私は大学に入って合唱を始めたのですが, 先輩やヴォイストレーニングの先生に教わるのは①と③の事が大半を占め, ②の声帯がどうなっているのかという話はほとんど出なかったと思います.
・・・ということで, 今回は「声帯の仕組み」についてまとめてみました. 詳しい構造については「補足資料s1 :喉頭および声帯の構造 」を参照してください.
1 – 2 声帯の構造 (概略)
真声帯の層構造は, 単純化してしまえば (表層から)『粘膜上皮→ラインケ腔→声帯靭帯→甲状被裂筋 (声帯筋)』 となっています (fig 1). 大雑把に言えば, 粘膜層と筋肉層の2層構造に分ける事が出来ます (その移行部に声帯靭帯がある).
fig 1 声帯の層構造模式図 (図は「喉ニュース」の記事: 声帯断面詳解より引用)
重要なポイントとして声帯粘膜は, 自由に形状を変えられることにあります. ただ, 粘膜ですので自分ではコントロールできずに, 周りの筋肉や外部の力によって形が変わります. また, 声帯粘膜の内部の容量は当然変わりません.
声帯粘膜の運動には, 筋肉の状態 (大きさ・厚さ・硬さ) も大いに関係します. 声帯筋がやわらかい場合, 声帯粘膜の運動が促進され, 複雑な運動が可能になります. この結果, 豊かな音色になります. ただし, コントロールできなければ魅力的な声の構築は難しいでしょう. 逆に, 声帯筋が硬い人は, 声帯粘膜の運動が粘膜のみに限局されるため, 「裏声がか細い」「ミックスボイスができない」などの原因になるようです. (2)
ちなみに粘膜の内側にある声帯靭帯は振動体として機能します. 自分では動かせなく, 声帯靭帯にそって声帯筋が張っています.
1 – 3 声帯の振動
声は声帯そのものの震える音ではなく, 声帯の狭い隙間を通って空気の疎密によって生み出されます. 声門が閉じたり開いたり断続的な気流によって出来る気流音が音源となるのです.
声帯はどのように震えるのでしょうか. 声帯振動の本質は粘膜波動です. 声帯を上から見ると、左右が持ち上がって波打つように動きます. 粘膜層の下方に生じた波動が隆起して移動するのです (fig 2). (1,3) 波が起きて消えるまでが一振動です.
fig 2 発声時における声帯の一振動の様子. 「声の何でも小辞典 (和田美代子) 」のp67より引用
声帯はどれくらいのスピードで振動するのでしょうか. ここでA (ラ) の音が440Hzだという事を考えると, 1秒間に440回振動するわけです. つまりは左右一対の声帯が1秒間に440回こすれ合っているあるいは衝突しているという事になります. ・・・こんな荒行を強いられているわけですから, 声帯粘膜を潤して喉をいたわってあげる事はとても大事であるという事がよく分かります.
1 – 4 音の高低および声区における声帯の状態
筋肉や骨格の位置などは「補足資料S1: 喉頭および声帯の構造」を参考にしてください.
まず、声区について整理しておきます. 本やサイトによって色々な呼び方があります.
本記事では
胸声 (地声) , ミックスボイス (中声), ファルセット (裏声)
の3つに分ける事にします. 多分合唱やアカペラの世界ではこのような区分がメジャーだと思われます (ミックスボイスをさらにミドルボイス, ヘッドボイスに分ける人もいます).
また, 胸声を重い声区, ファルセットを軽い声区というように表現する事もあります.
さて, 「喉ニュース (會田茂樹) の記事」によると高い声、低い声の仕組みを声帯粘膜と声帯筋の観点から見ると以下のようになるようです.
一般的な高音
輪状甲状筋 (前筋) が収縮して前関節を屈曲させ声帯を伸長させる (→ 声帯が薄く伸びて左右の声帯の触れる面積が小さい)
一般的な低音
輪状甲状筋を弛め, 甲状披裂筋によって披裂軟骨を前方に引き声帯を縮める (→ 声帯が分厚く左右の声帯の触れる面積が大きい)
〜特徴ある高低音の仕組み〜
硬い高音 (金属音的高音)
一般的な高音発声+声帯筋の硬化 (声帯振幅が小さくなり高音化. コントロール性に欠ける. )
芯のないファルセット
声帯筋を強直させ, 声帯粘膜の振動のみで造音 (左右の声帯ヒダがほとんど触れず離れている状態)
やわらかい高音
一般的な高音発声+声帯筋を軟らかく保ちながら厚みを減らす
また, 声区による違いを単純に言えば
- 胸声: 声帯筋主体, 声帯筋と声帯粘膜の振動 (つまり声帯全体が振動) , 声帯接触強い
- ファルセット: 輪状甲状筋 (前筋) 主体, 声帯粘膜だけの振動, 声帯接触ほとんどなし
- ミックスボイス: 胸声とファルセットの中間. 声帯ヒダの1/4〜1/2くらいは接触している. 声帯筋の硬度を変えながら振動率を変化させる手法
・・・という事になります (4). ファルセット以外では声帯がほんの少し隙間を空けた状態の声帯に空気が通り, それによって声帯の左右の襞が接触 (くっついたり離れたり) して音が鳴るわけですね.
実際に何が起こっているのかもう一歩踏み込んでみていきます.
筋肉は重いので全体が振動すればしっかりした声になる, これが胸声です.
声帯ヒダだけ (声帯靭帯よりも外縁の部位, 粘膜上皮とラインケ腔) の振動がファルセットです. この時, 筋肉はほとんど振動しておらず, 声帯筋が収縮して硬くなっている状態のようです.
最後にミックスボイスですが, これはファルセットの状態 (声帯ヒダが触れていない状態) から声帯の触れる幅を徐々に増やし, 声帯筋も部分的に振動させている状態です. そのためには, 声帯を取り巻く周りの筋肉を前筋の働きでを伸展させ, 内転筋の拮抗によって隙間を出来るだけ完全に閉じる, ということです (5).
※補足: 輪状甲状筋と声帯筋の拮抗について
声帯を震わせるために甲状披裂筋と輪状甲状筋 (前筋) が働きます. これらは同時に収縮すれば反対側に引っ張り合う言わば拮抗筋です.
まず, 輪状甲状筋 (前筋)の収縮により, 声帯を伸展, 緊張してピッチが高くなります. また, 外筋, 横筋, 声帯筋などの内転筋によって声帯を内転させる力を強めるとピッチが上昇します.
しかし, これらの内転筋の収縮がピッチの上 昇とともに増強するのは, ピッチを直接上昇させることの他に, 別の意義があるのです.
ピッチを高くするために前筋が収縮すると, 声帯縁は後輪状披裂靱帯 (後筋) の付着部 (fig 3, L) と前連合 (A) とを結ぶ線に沿って, 直線的に位置しようとします , 言い換えれば, 前筋には正中位にある声帯を外転する (後筋が働いて声帯が開く) 作用があるのです.
fig 3 前筋のみが収縮しようとした時の声帯位置 (左図は前筋の位置の参考図)
この前筋の外転作用に拮抗して発声に必要な声帯位を維持するには, 内転筋の収縮が同時に増強せねばならないのです.
また, 前筋と声帯筋との間には更に別の拮抗作用があります. 前筋は声帯を伸長し, 薄くするのに対し, 声帯筋は声帯を短縮し, 厚くします.
ピッチを高くするために前筋の収縮が増強したとき,もし声帯筋の収縮が同じ強さにとどまっていれば, 声区が軽く (つまりはファルセットに) なってしまいます. 同じ声区を維持するには, 声帯筋の収縮も同時に増強せねばならないのです.
先ほど, 前筋が優位な状態はファルセットであると説明しましたが, 前筋が完全に優位になれば声帯ヒダを完全に閉じる事が難しくなり, ファルセットに変わってしまうという事だと思います.
前筋が優位になるにつれ, 声帯の振動帯は削減され薄くなり, 声帯の触れる長さも短くなってきます. 前筋がほぼ優位な状態で声帯の触れる長さが短くなったのがミックスボイスの状態とも言えると思います.
声区の調節機構
- 声区調節の主役は甲状被裂筋 (声帯筋) である. 声帯筋は, 重い声区 (胸声) における程強く収縮する.
- 外側甲状被裂筋 (外筋), 横被裂筋 (横筋) は補助的に働き, 重い声区における程強く収縮する傾向がある.
- これら内転筋, 特に声帯筋の作用によって, 重い声区では声帯が厚く, 声帯振動における粘膜波動が著明であり, 声門が閉じる速度が速く, 声門の閉じている期間が長い.
- 前筋は声区の変化に対して規則的な変化を示さない. ただし, 声帯筋に拮抗して声区に影響を与える.
ピッチの調整機構
- 輪状甲状筋 (前筋) が収縮すると声が高くなる
- 外筋と声帯筋はピッチの上昇とともに収縮を増強する (前筋と拮抗して声区を保つため)
- 以上3筋 (前筋, 側筋, 声帯筋) によるピッチの調節は胸声区においてファルセット区よりも優勢である. ファルセット区は呼気流率, 外喉頭筋の作用などの別の因子の関与が大きい.
- 横筋は各声区の高い音域において強く収縮するが, 他の内喉頭筋に比べピッチ調節の関与度は小さい
強さの調整機構
- 胸声においては, 主として声帯筋, 側筋が声門抵抗を変化させることによって声の強さを調節する.
- ファルセットでは, 主として呼吸筋が呼気流率を変化させることによって声の強さを調節する.
- 横筋の関与は著明でない.
- 前筋は, 強さが変わってもピッチを一定に保つよう代償的に働く.
1 – 5 総括および参考文献
今回は声帯の動きについて触れました。非常に奥が深くて本当に難しいです。特に声帯の振動については「ベルヌーイ効果」「エッジボイスと普通の声における声帯の振動状態の違い」などについては今回は省きました。物理やら数学やらが絡んでくると本当に難しくなってきますね。
ちょっと整理するにあたって力不足な感が否めないので、いずれ修正したりするかもしれないです。
ファルセットにおける声帯筋の状態とか、不明点も多いです。ファルセット時の声帯筋は収縮している硬い状態という説明 (参考文献2) もあれば、収縮の強さはは胸声区に近いほど大きい (参考文献6) と書いてあったり、、、これは一見矛盾しているように見えます。
ただ、「個人的には」参考文献2での検証に使われたファルセットで観察された声帯筋の収縮 (硬さ) は、前筋に拮抗して生まれたものと考えています。このときのファルセットはピッチが高い状態だったため前筋が収縮し、拮抗の力が生まれて声帯筋が収縮したのではないかという仮説です。もちろん、他の筋肉によって声帯ヒダは伸ばされている状態ですが。
ただ、本当に声区の調節の主役が声帯筋にあるとすると、もし低いピッチでファルセットを出した場合、声帯筋の収縮は弱い可能性があります。つまり、「ファルセット=声帯筋が硬い」ではないということです。正直よく分かりません。このあたりもっと色んな論文を読んでフォローする必要がありそうです。
他にもまだまだ改善の余地がたくさんありそうです。場合によっては記事を大きく書き直す場合もあるかもしれません。今はまだベータ版ってことでご了承ください。
今回は色々な本やブログから引用させて頂いた部分も多いです。それに加えて自分の解釈も加えてあります。もし「おかしいな」と思ったらお手数ですが引用元を辿って確認してください。コメントやメールでご指摘頂けると本当に助かります。
参考文献
- 和田美代子, 米山文明: 声のなんでも小辞典, 講談社ブルーバックス, 2012
- 會田茂樹: 「喉ニュース 【喉と声の辞典】」の「声帯断面詳解」「高音発声三法」「これがミックスボイスだ! 謎の解明」「地声と裏声 簡単解説」「高い声、低いの声の仕組み (声帯筋と声帯粘膜の観点から)」などのページ
- S. Kenichi “Production Mechanism of Quality in Singing”, Journal of the Phonetic Society of Japan, Vol.7, 7-39, 2003
- wander1985: 「鳥は歌う〜 発声に関する、基本的な知識をまとめていく企画。」の2-2の「声区について」のページなど
- 当間修一: 「OCM合唱講座」の「Nr48: 女性アルトの低音作り」など
- 平野実: 歌声の調節機構, 音声言語医学, Vol11,No. 1, 1974
追記: 「ヨハン・スンベリ: 歌声の科学, 東京電機大学出版局, 1998」という本もかなり参考になるのではないかと思います。私は読んだ事はありませんがサンプルを見る限りでは発声のメカニズムについてかなり詳しく載っていました。ただ、専門書なのでマニアックです。趣旨が変わってきそうですが突き詰めたい人は是非!
(・・・まぁ、このレベルになってくると論文を読む方が早い気もします。中身は論文で見た内容が多かったので。もう完全に趣味の世界です。木を見て森を見ずになっては本末転倒かも。自戒を込めて。)